太陽暦と太陰暦 (2) 太陰暦の概要と歴史
太陽暦に焦点を当てた前回に続き、今回は太陰暦について掘り下げます。
月と地球の関係のみ考えれば良いように思いがちですが、太陽も考慮する必要があります。
【目次】
1. 太陰暦とは
2. 地球から見た月の動き(図解)
3. 地球から見た月の動き(計算)
4. ヒジュラ暦
1. 太陰暦とは
太陰暦は、地球から見た月の動きを元に月を決めた暦です。
月が地球を1周する時間(月の公転周期)と、地球から見て月が地球を1周する時間には差が出るのですが、地球から見た後者の時間に基準を置いているのです。
まず、月の公転周期を記号Tmとすると次のようになります。
Tm=27.3217日
小数点以下は延々と続くので4桁で表現しています。
公転周期はあくまで、月が地球を1周するのに要する時間であるということがポイントです。
これを、地球から見るとどのようになるのか考えて見ましょう。
2. 地球から見た月の動き(図解)
月が地球を1周するのに要する時間と、地球から見て月が地球を1周する時間が異なることは、視覚的に理解できます。
まず、次の図のような状況を考えてみます。
地球から見ると太陽と月が反対側にあり、一直線に並んでいます。
この状態を起点とします。
月は地球の周りを、地球は太陽の周りをそれぞれ反時計回りに公転していきます。
この状態から、月の公転周期Tm日後の状態を考えます。
月は地球に対して1周しています。
一方、そのTm日の間にも太陽と地球の相対的な位置関係が変わってしまいます。
地球も太陽の周りを公転しているためです。
そのため、地球から見ると太陽・地球・月が一直線になっておらず、月が地球の回りをまだ1周していないように見えるのです。
地球から見て月が地球の回りを1周したように見えるためには、太陽・地球・月が一直線に並んだ状態になることが必要です。
月が公転周期を終えてから、さらにTm’日後にその状態になるとすると、起点から(Tm+Tm’)日後には次のような状態になっています。
起点となった状態で太陽・地球・月を結んだ線と(Tm+Tm’)日後の太陽と地球を結んだ線がなす角を角αとします。
同様に、地球と月に対して角βを考えます。
角αと角βは錯角なので等しいことに注意しましょう。
3. 地球から見た月の動き(計算)
まず、角αがどのように表されるか考えてみましょう。
地球は太陽の周りを公転周期Te日かけて1周するのですが、角αは(Tm+Tm’)日分の角度になります。
従って、次のように表現されます。
α=360°×(Tm+Tm’)/Te
同様に角βについても考えてみます。
月は地球の周りを公転周期Tm日かけて1周し、角βは更にTm’日分だけ経過した角度です。
従って、次で表されます。
β=360°×Tm’/Tm
角αと角βが等しいことから、次の等式を得ます。
(Tm+Tm’)/Te=Tm’/Tm
これを、未知のTm’について解きます。
Tm’=(Tm^2)/(Te-Tm)
Tm’を求めるため、下記の既知の値を代入しましょう。
Te=365.2422日
Tm= 27.3217日
これらによって、Tm’が求まります。
Tm’=2.2090
必要な情報が出揃ったので、改めてここまでの議論を簡単に整理します。
まず、月の公転周期Tm日が経過すると、月は地球の周りを1周します。
しかし、その間に地球が動いていることを考えると、地球から見て月が地球を1周したようには見えないのでした。
Tmは27.3217日です。
更にTm’日だけ経過したときに地球から見て月が地球の周りを1周するように見えるとして、幾何的考察からTm’を求めました。
その結果、Tm’は2.2090日になりました。
以上より、地球から見て月が地球の周りを1周する時間は(Tm+Tm’)日、つまり29.5307日です。
実際には、地球が太陽の周りを回る公転軌道も、月が地球の周りを回る公転軌道もケプラーの第1法則として知られる通り真円ではなく楕円となるため、地球から見て月が地球の周りを1周する時間は約29.5306日になります。
この約29.5日を1ヶ月の長さの基準とした暦が太陰暦です。
4. ヒジュラ暦
ヒジュラ暦は、ムハンマド(マホメット)が聖遷(ヒジュラ)をした西暦622年を元年とするイスラム世界の太陰暦です。
ムハンマド後の正統カリフ時代、7世紀中頃の2代ウマルによって定められました。
ヒジュラ暦はイスラム世界で広く慣習的に使われているだけではなく、サウジアラビアでは公式の暦となっています。
なお、ヒジュラとはメッカで教えを広めようとしていたムハンマドがクライシュ族等の迫害で布教を諦めてヤスリブ(現在のメディナ)に移住したことを指します。
その後、ヤスリブで勢力を伸張したムハンマドはメッカを占領し、メッカはムハンマド生誕の地としてイスラム教の聖地となったのです。
ヒジュラ暦は太陰暦ですから、1ヶ月の長さは前節の29.5306日が基準となります。
これはおおよそ29.5日ですから、ヒジュラ暦では12ヶ月のうち奇数月を30日間、偶数月を29日間として平均29.5日を実現しています。
ところが、実際の月の長さ29.5306日を29.5日で近似しているため、そのままでは1ヶ月あたり約0.0306日、1年では約0.367日分だけ実際の月よりもヒジュラ暦の方が短く考えているていることになります。
そのため、年によっては最終日12月29日の次に12月30日を挿入し、誤差を少なくなるようにしています。
つまり、ヒジュラ暦での1年は354日が基本となり、調整が行われた閏年は355日になります。
余談ですが、よく知られるラマダーンはヒジュラ暦9番目の月を指す言葉です。
ラマダーン月の日の出から日没までは飲食が禁じられますが、その断食はサウムと呼ばれます。
つまり、ラマダーンそのものは断食を指す言葉ではなく、正式には『ラマダーン月はサウムを行う』という表現が正しいということになります。
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