世界遺産紹介 (24) ハバナの旧市街と要塞群

世界遺産は1,000件を越え、『顕著な普遍的な価値』があると認められた人類共通の遺産です。
その中から、自分が訪れた遺産をご紹介します。

今回はハバナの旧市街と要塞群です。
社会主義国という点で行きにくいイメージがありますが、ビザは不要です。
入国に必要なツーリストカードも機内で配られるため、アメリカに行く負荷と大きく変わりません。

【目次】
1. 遺産の概要
2. 遺産までの行き方
3. ギャラリー

1. 遺産の概要

遺産名 :Old Havana and its Fortification System(ハバナの旧市街と要塞群)
登録年 :1982年
保有国 :キューバ
遺産区分:文化遺産
登録基準:(ⅳ)人類史上代表的段階の建築・技術や景観、(ⅴ)伝統的集落や土地・海上利用または人類と環境の交流

2. 遺産までの行き方

日本の主要空港からカナダのトロントまで向かいましょう。
地理的にはアメリカの方がよりキューバに近いのですが、アメリカからキューバへの便は有無がアメリカ政治状況に依存するため、カナダ経由がベターだと思います。
また、メキシコシティ経由も比較的短時間で行けるルートです。

トロントから見るとハバナは真南にあります。
トロントを経って4時間ほどで到着です。

3. ギャラリー

ハバナというと、真っ先に思い浮かべる人物はチェ・ゲバラでしょう。
アルゼンチン生まれのゲバラは、医学部在学中にオートバイで周遊した南アメリカでインディオ生活の惨状に衝撃を受けたとされます。
後にメキシコでカストロと出会い、親アメリカのバティスタ政権を倒すキューバ革命を起こしました。

1956年にゲバラやカストロらを乗せてキューバへ運んだグランマ号は、現在も革命博物館の裏に残されています。
ガラス越しであることは残念ですが、これだけの大きな物が残っていること自体が驚きです。
周囲は警官も警備に当たっていることが、その重要性を強くにおわせます。

旧市街の中央公園の周辺は名物であるクラシックカーも数多く停まっており、その鮮やかな色あいが目を楽しませてくれるでしょう。
中央にはホセ・マルティ像が立っています。

ホセ・マルティは19世紀後半に活躍した作家・思想家で、キューバのスペインからの独立に際して大きく貢献し、ゲバラやカストロから尊敬の対象となりました。

中央公園近隣の旧国会議事堂も見どころの1つです。
19世紀前半、キューバが親アメリカだった時代に建てられたもので、ワシントンD.C.にあるアメリカの国会議事堂を模しています。

ここは、キューバ国内で測距の起点とされている場所でもあります。

ハバナはスペイン人征服者ディエゴ・デ・ベラスケスによって1519年に建設を開始されました。
温暖な気候を利用した砂糖生産だけではなく、ヨーロッパと南アメリカを結ぶ中継地点として奴隷貿易も盛んだったといいます。

そのため、他のヨーロッパ諸国だけではなく海賊からも略奪の標的となりました。
キューバをこれらの外敵から守るため、16世紀後半にはハバナ初の要塞であるフエルサ要請が建設されました。

建造当初のオリジナルは木造でしたが消失し、現存する要塞は石造です。
現在は海洋博物館として一般公開されています。

フエルサ要塞以外にもプンタ要塞が近隣に、狭い海峡を挟んだ向かい側にモロ要塞とカバーニャ要塞も建てられました。
合計4つの要塞が、ハバナの街を守ったのです。

ハバナは強固な要塞に守られ、長らくスペインによる統治が続きました。
その間、スペインは街を碁盤の目状に開発し、教会など様々な建造物を造っていきました。

サン・クリストバル大聖堂は代表的な建造物です。
オリジナルは16世紀でしたが、18世紀後半に再建されています。
左右の塔の大きさが異なる点が特徴です。

かつてはアメリカと断絶があったキューバにも、近代化の波が押し寄せています。
既に、クラシックカーは経済断絶の証拠というよりは観光資産として活用されている実態もあるようですが、それを理解した上でも独特な景観には心打たれました。

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