ウクライナ旅行記 キエフの街並とペチャルスカヤ大修道院(2018年4〜5月)
2018年のGWは、ジョージア(グルジア)~アルメニア~ウクライナ~ベラルーシ~アゼルバイジャンを旅行しました。
それぞれの国ごとに訪問場所をご紹介します。
前回のアルメニアに続き、ウクライナです。
12世紀にモンゴル侵攻によりキエフ公国が滅んだ後は独立した国ではない状態が長く、その後もロシアやソヴィエト連邦の一部となっていました。
1991年のソヴィエト連邦崩壊で独立した国のうちの一つです。
【目次】
1. ウクライナ基礎情報
2. ウクライナへ
3. キエフ
4. ペチャルスカヤ大修道
1. ウクライナ基礎情報
人口 :4,482万人
面積 :603,500平方キロ
首都 :キエフ
公用語:ウクライナ語
時差 :UTC+2(日本から7時間マイナス) ※サマータイム時はUTC+3
通貨 :フリヴニャ/グリヴナ(UAH)
レート:UAH1=JPY4.19(2018年6月28日時点)
ビザ :入国日から起算して180日間のうち90日以内の滞在の場合はビザ不要(2018年6月時点)
2. ウクライナへ
5月2日(水)に日付が変わった頃、前日から滞在しているアルメニアの首都エレバンでは首相選出に関し、街の雰囲気がおかしくなっていたために宿にレセプションに相談し、空港まで車を出してもらうことにした。
先方もあまり気乗りがしていなかったが、既に空港までの主要道路がデモ隊により封鎖されているなどの情報が入ってきているため、躊躇している場合ではなかった。
何とか車を出してもらい、通常は1時間足らずの行程をところどころの封鎖をかいくぐりながら4~5時間かけて4時半頃に空港に着くことができた。
空港までのアクセスの困難さとは裏腹に、空港は何の問題もなく機能していたことが意外だった。
普通にチェックインもでき、時間通り朝6時前のエレバン発キエフ行に搭乗した。
残念ながら、朝早すぎるためにラウンジも開いていなかった。
3. キエフ
アルメニアのエレバンからウクライナのキエフまでは空路で約3時間。
キエフ時間はアルメニア時間から1時間マイナスとなるため、3時間のフライトながらも時計上は2時間だけ進むこととなる。
キエフのボリスピリ空港に到着し、出口から右に進むとSky Busの乗り場がある。
そこから322番のバスでUAH100(約420円)でチケットを買い、1時間ほどかけて終点まで乗るとキエフ駅(Pivdennyi Railway Station)の南西側に到着した。
見どころはキエフ駅の東に集中しているため、キエフ駅の構内を南西から北東に突っ切り、まずは2kmほど歩いてウラディミル聖堂に来た。
19世紀末に建てられた聖堂で、フレスコ画で埋め尽くされている。
ヴァスネツォフやヴールベリによっても描かれたのだそう。
続いて、シェフチェンコ記念オペラ劇場。
ロマノフ朝ロシア最後の皇帝であり日露戦争中にも君臨していたニコライ2世とともにここに訪れていた首相ストルイピンは1911年、ここでユダヤ人青年に銃撃され、のちに死亡した。
ウィッテの首相辞任後、革命推進派を厳しく弾圧した政治家の最期だった。
黄金の門は、キエフ大公国において11世紀前半に大公に地位にあったヤロスラフ1世が作った城壁の一部を1980年代に再建したもの。
キエフ大公国は9世紀後半に興り、1240年にチンギス・ハンの長男ジュチの二男バトゥの攻撃を受けて滅んだ。
内部には当時の門の廃墟が残っている。
聖ソフィア聖堂は11世紀前半にヤロスラフ1世によって建てられ、現在の建物は18世紀初頭にピョートル大帝により再建されたもの。
イスタンブールのアヤソフィアをその名の由来とし、この地方の伝統的な様式とビザンツ様式の融合事例として知られる。
内部は撮影禁止だが、内部の祈りを表したモザイク画は300万個ものガラスで描かれている。
フレスコ画も多く、近世に再建された外観とは対照的に内部は11世紀の創建当初のものが多く残る。
聖堂の近くには着ぐるみをきて写真撮影を促してくる現地人が多くおり、かなり吹っかけられるようなので特段興味がない場合は無視した方がいい。
聖ソフィア聖堂から約1kmほど北に歩くとアンドレイ教会に着く。
18世紀中盤に建てられたバロック様式の教会で、南から続くアンドレイ坂の高台にある。
そのため、教会の敷地からはドニエプル川がよく見える。
アンドレイ坂を下る途中では、あちこちで土産が売られている。
現地通貨フリヴニャの暴落により100円強でマグネットが買えるという、欧州とは思えない価格の安さ。
アンドレイ坂を徒歩10分ほど下りきったところに聖ミハイル修道院がある。
11世紀にオリジナルが建てられたものの20世紀前半に宗教弾圧の一環で取り壊され、20世紀末に再建された。
修道院の外から真西には聖ソフィア聖堂が見えるくらいの距離。
4. ペチャルスカヤ大修道院
ペチャルスカヤ大修道院まではキエフの観光地が集中するエリアからは3km以上ある。
地下鉄で行けなくもないが、最寄り駅からも1km以上あるため、タクシーに乗ってしまうのが楽。
タクシーの料金は交渉制でUAH150(約650円)くらい。
ペチャルスカヤ大修道院は11世紀中盤に僧が洞窟で修道生活を始めたことから発展し、現在も地下に1.5kmほどの独居房が残っている。
僧たちが死後も埋葬されたその洞窟を表す『ペチェーラ』が、修道院の名前の由来となっている。
キエフ中心部の聖ソフィア聖堂とペチャルスカヤ大修道院は、『Kiev: Saint-Sophia Cathedral and Related Monastic Buildings, Kiev-Pechersk Lavra(キエフ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キエフ・ペチャルスカヤ大修道院)』として世界遺産に登録されている。
登録基準(ⅰ)人類の創造的資質を示す傑作、に加えて、キエフ公国にビザンツ帝国や西欧の文化が相互作用した事例であるとして登録基準(ⅱ)価値観の交流、キエフ公国や周辺諸国がビザンツ帝国の影響を受けたことの証拠であるとともに東欧に大きな精神的影響を与えたとして登録基準(ⅲ)文化的伝統・文明の証拠、東欧にも影響を与えた独特の建築であるとして登録基準(ⅳ)人類史上代表的段階の建築・技術や景観、の登録基準を満たしている。
夕方、ペチャルスカヤ大修道院を出てタクシーで空港に向かった。
空港までは30km強で、バスはUAH100(約420円)だったがタクシーは交渉でUAH450(約1,900円)。
空港でチェックインし、ラウンジで時間をつぶしてから19時40分発の飛行機でベラルーシの首都ミンスクに向かった。
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