オーストラリア旅行記 (5) メルボルンからの日帰りグレート・オーシャンロード(2019年4月)

2019年4月~5月にかけて、奥さんと息子を連れてオーストラリア~サモア~アメリカ領サモアを周遊しました。
丸2日間のメルボルン滞在の初日は市内観光をしたため、今日はグレートオーシャンロードに向かいます。

【目次】
1. メルボルン~アポロベイ
2. 12使途とギブソンズ・ステップ
3. アイランドアーチとロックアード・ゴージ

1. メルボルン~アポロベイ

4月30日(火)、朝7時にグレート・オーシャンロードのツアー集合場所へ向かった。
グレート・オーシャンロードのツアーは数え切れないほどあるが、現地会社に直接申し込むものも日本で申し込むものも全体的に見て、AUD90(約6,780円)を切るあたりが最安値のようだ。

今回は、日本語で申し込める上に価格も安いホットホリデーで申し込んでいた。
催行会社はお馴染みのGray Lineなので安心。

集合時刻の30分前を目処に到着しておいたのは昨日と変わらないが、それでも昨日は置いていかれてしまった。
同じことにならないよう、今日は該当するバスに注意深く目を凝らしながら待った。

結果として、何ら混乱や誤解なくバスはやってきて乗ることができた。
これだけ判りやすいのに、なぜ前日には知らないうちにバスが来て、更には行ってしまったのかが全く理解できない。

ビクトリア国立美術館の近辺で降ろされた後、他のいくつかのバスの乗客達も集まった上で別のバスに再分配され、メルボルンを発った。
そのまま1時間半ほどAngleseaまでノンストップで走り、9時45分に到着。

Angleseaはグレート・オーシャンロードまでの途中にある小さなショッピング街で、トイレがあるだけではなく簡単な買い物ができる。
但し、観光をするような場所ではないので、他のツアーバスも15分くらいで切り上げて次に向かっていたようだ。

更に30分ほどでMemorial Arch East Sideに着いた。
ここから先がグレート・オーシャンロードと呼ばれる道になる。

グレート・オーシャンロードは20世紀前半、重機が十分にない時代に人力で16年をかけて造られた。
技術的な困難さというだけではなく海岸沿いという立地からも難工事であったであろうことは容易に推測できる。
16年の間に約250kmを開拓したとすると1日あたり平均約40mしか工事が進まなかったということになる。

脇の丘にはいくつかの別荘が建っており、USD550万(約6億円)もするらしい。
一方で、所有者は1年の間に2週間くらいしか滞在しないのだとか。

Lorneを経由し、W.B.Godfrey Memorialに到着したのは11時半。
メルボルンを発ってから3時間半近くが経過した。

W.B.Godfrey Memorialは1891年に難破した船W.B.Godfreyの慰霊碑で、近くには難破船の残骸も残るらしいがよく判らなかった。
周辺は日南海岸の鬼の洗濯岩のようになっており、遠浅で確かに座礁しやすいように思えた。

そこからApolo Bayまでは更に1時間ほど。
グレート・オーシャンロードの中間地点であり、飲食店が多く軒を連ねている。

ツアー上は昼食を兼ねた休憩場所となっているため、通りを歩いて目ぼしい店を探した。
費用と内容のバランスを考えて入った店でフィッシュ&チップスと1/4ポンドチキン&チップスを頼んだ。
それぞれAUD12(約900円)と、観光客が多い場所の割には良心的で良い。

2. 12使途とギブソンズ・ステップ

アポロベイを出発し、12使途を含むポートキャンベル国立公園(Port Campell N.P.)に入った。
高台に観賞用の通路と柵が設けられ、観光客はそこから奇岩を眺めることになる。

5月という秋口のためか、思ったよりは観光客は多くなく、通路の移動に支障もないくらいだった。

侵食で削られた奇岩は多少見ごたえはあるものの、一般に言われている絶景という評価からはほど遠いと感じた。
経年で侵食が進んでいくこともあるのだろうが、複数の『使途』は特に小さいという点もそう感じさせる。

岩の侵食はは年間数cmという速度ではあるが、1,000万年ほどという長い歴史の中で陸続きだったものが現在のように海上に分離した。
その後も波に洗われることで、12使途という名称と裏腹に実際に現存する『使途』は8つのみ。

近くのギブソンズ・ステップ(Gibsons Steps)には12使途から歩いて行けるものの、行って帰る物理的な往復時間だけで25分くらいかかる。

今回のツアーでは12使途とギブソンズ・ステップ合わせて45分しかなかったため、奥さんと子供は12使途のみで、自分だけ走ってギブソンズ・ステップを目指した。
断崖を降りて浜からの景観を楽しめるという点で、崖上の遊歩道からとは異なった12使途の景色を見ることができたのだろうが、あまりに時間がないために浜まで降りることは諦めた。

グレート・オーシャンロードのツアーを選ぶ際には、各観光ポイントでの滞在時間も気にした方が良い。
いくら景色が期待値に満たなかったと言っても、時間をかけて見られないのでは残念だ。

3. アイランドアーチとロックアード・ゴージ

12使途とギブソンズ・ステップの観光を終え、バスで10分ほどのアイランドアーチ近くの駐車場に着いた。

駐車場からは3つの道が伸びており、それぞれが異なる景勝地へ通じている。
ツアーバスのドライバーのお勧め度は高い順にレイザーバック(Razorback)、アイランドアーチ、ロックアード・ゴージ(RockArd Gorge)の順番らしい。
そのため、とりあえずは東方面のレイザーバック(Razorback)まで向かうことにした。

レイザーバックは、その名が『ナガスクジラ』を表す通り横長の大きな奇岩で、層をなしている様子がよく判る。
ナガスクジラというよりは巨大な屏風のように見えた。
やはり、絶景かどうかと問われると肯定するのは難しい。

次に向かった中央のアイランドアーチは、かつては2つのアーチを持っていた自然の橋だった。
しかし、風と波の浸食によって1990年にアーチの1つが崩落し、現在のような形になった。
崩落の際には観光客も取り残されたというのだから恐ろしい。

最後に向かった西のロックアード・ゴージは、1878年に座礁して多数の死者を出したロックアード号の名に由来する。
乗船54名のほとんどに当たる犠牲者52名が、イギリスからオーストラリアに移住するという目的を遂げることができなかった。

ロックアード・ゴージは上から眺めるだけではなく階段で下まで降りることもできるので、駆け足で往復した。
崖の上ではそうでもなかった風が降りると強く、帽子を飛ばされている人もいた。

ロックアード・ゴージなどを見終わり、再びバスに乗ってポート・キャンベル(Port Campbell)へ。
帰路のメルボルン方向ではなくグレート・オーシャンロードを進む方向であり、自由時間も20分ほど与えられたので、トイレ休憩ではなく意図的にぜツアーに組み込まれているようだ。

しかし、あまりに何も見どころがないので他のツアー客も退屈している様子だった。
実質はただのトイレ休憩に近く、それだったら帰路のどこかにしてもらった方が良いと思った。

ポート・キャンベルを16時50分に出発し、メルボルンに到着したのは19時40分。
帰りは海沿いではなく、距離が多少ショートカットできる内陸を進んだ。
仮に海沿いを進んだとしても、どのみち日が沈みつつあるので景色を楽しむような時間でもない。

ツアーバスは融通が利いて、ある程度好きな場所で降ろしてもらえた。
夕食を取りたいので、大部分の乗客と同じくサザンクロス駅で降車。

駅の外に転がっているブロックにドッスンの落書きがされており息子が喜んでいたが、それ以上に自分もニヤニヤしてしまった。

帰りにスーパーで食料品を買いながら奥さんとツアーの感想を話していたが、自分と同様、いまひとつという感覚だったようだ。
『世界一美しい海岸線』などと宣伝されていることが多いが、期待値を過度に上げないで行ったほうが良いということを声を大にして言いたい。

 

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