ペルー旅行記 (2) クスコ観光とフライトトラブルによるリマ延泊(2017年8月)

2017年8月にペルー~エクアドル~チリのルートを回りました。
ペルーではマチュ・ピチュ、エクアドルではガラパゴス諸島、チリではイースター島がメインで、南米太平洋側の周遊です

前回はマチュ・ピチュ観光でしたが、今回はマチュピチュからクスコを経由してキトまで向かいます。
クスコ~リマ~キトのフライトでは、飛行機の遅延によりうまく接続ができず予定変更が必要となってしまいました。

【目次】
1.  クスコ
2.  リマ

1. クスコ

8月13日(日)、朝5時半過ぎにアグエスカリエンテスを出る列車に乗った。
本当はクスコまで一気に戻りたいのだが、この時間は途中のオリャタイタンボまでしか行かない。
今回の復路列車は往路と同じくPeru Rail社のものだが、ランクは一番下のExpeditionで片道USD66(約7,400円)。

アグエスカリエンテスから列車で2時間強ほど、8時前にオリャタイタンボに着いた。
周辺にも塩田や遺跡などの見所はあるが、クスコを17時に発つ飛行機に乗らなければならない。
そのため、確実な足があるうちにクスコに戻ることにした。

オリャタイタンボからクスコまでは別の列車も運行されてはいるが、頻度が少ないので選択肢には入らない。
一方でオリャタイタンボ駅周辺には、人数を集めて乗り合いでクスコまで行くコレクティーボが盛んに客を呼び込んでいる。
列車が到着して客が多い状況でないと運行されなくなるため、オリャタイタンボ周辺を観光している時間がなかった。

オリャタイタンボからクスコまでは1人PEN25(約860円)。
客引きの言い値で乗ったが、他の欧米人も同じ価格で乗っていたのでそんなものなのだろう。

コレクティーボの乗客は10人ほど。
地元民も利用するため途中で何ヶ所か乗降を繰り返した。
そのたびに現地人がいくら払っているのか見ようとしたのだが、席が最後列だったので現地人相場を推し量ることができなかった。

クスコには2時間ほどで到着し、11時を回っていた。
オリャタイタンボからクスコへの直行列車であれば3時間未満だが、その倍くらいかかったことになる。

インカ帝国の首都遺構であるクスコは自身にとっては3年ぶり。
その時もマチュピチュに行こうとしていたのだが、ヒューストンでの乗継に失敗して翌日の便に回された結果、クスコからマチュピチュにまで行く時間がなくなってしまった。
そのためクスコだけには来たことがあるため、懐かしみながら同行の後輩を案内した。

中心部のアルマス広場の周辺には、スペイン統治時代の教会が残る。
広場の南西に面したラ・コンパーニア・デ・ヘスス教会は、11代皇帝ワイナ・カパックの宮殿跡にスペインが建てた。
日常的に行われているのか解らないし少なくとも3年前に来た時にはなかったが、この日はパレードのようなものをしていた。

1532年のピサロによるインカ征服後にはスペインにより多くの建造物が破壊されたが、その強固な土台は再利用という形で破壊を免れた。
ツアーで来ている旅行者団体のそばでツアーガイドの話を聞いていると、ガイドが『こことこれとあれの石で蛇のように見える』と説明していた。
もっともらしく聞こえはするが、後からこじつけてそう見えるというだけに過ぎないので、説明としては蛇足だと思う。

現在はサント・ドミンゴ教会として残るコリカンチャは、インカ帝国時代の太陽神神殿として使われていた。
『コリ』が金を表すとおり、当時のコリカンチャには多くの金が使われていたが、スペイン侵略の際に略奪されてしまった。

3年前に来た時にはガイドが修復前のサント・ドミンゴ教会の写真を見せてくれたが、土台の石積みがかなり痛んでいることは白黒写真でも明らかだった。
いくら素晴らしいインカの石積みとは言え、500年も前のものでは修復が欠かせない。

17時のクスコ発~リマ行の便に乗るため、中心部でタクシーを拾った。
そのまま空港に著こうするのではなく、あえて街を見渡せる高台に寄り道。
高台で一時停車してもらい、街を見下ろすとオレンジで一色の屋根が広がった景色が見えてとても良かった。

街は『City of Cuzco(クスコの市街)』として世界遺産登録されている。
15~16世紀にかけて南アメリカアンデス域を政治的・宗教的に支配したインカ文明の独特な証拠であるとして登録基準(ⅲ)文化的伝統・文明の証拠、先コロンブス期におけるインカとスペインの分化が融合した事例であるとして登録基準(ⅳ)人類史上代表的段階の建築・技術や景観を満たしている。

クスコ空港では、本来は17時のクスコ発~リマ行のアビアンカ便が2時間ほど発着が遅れてしまった。
途中まではラウンジでのんびりと生絞りオレンジジュースを飲んでいたが、途中からは後続便に接続できないかもしれないという恐怖心が出てきた。

2. リマ

クスコを予定より2時間遅れて発った便は20時40分にリマに到着し、後続のリマ発~キト行は40分後の21時20分発というタイトなスケジュール。
リマ着後に大慌てで後続便TAME航空カウンターに向かうも、当然ながら時間切れでチェックインができなかった。

クスコ発~リマ行からリマ発~キト行への接続便は国際線なので時間にシビアなのも納得はできるものの、自己責ではないので非常に悔しい。
アビアンカ航空からTAME航空へと異なる航空会社間の接続なので、何かトラブルがあると乗継不可能になるリスクも考えていないことはなかったが、旅行早々で顕在化するのは辛い。

TAME航空に乗れなくなった時点で慌てて他社含め旅程を挽回できる便を色々と探したが、直前過ぎて見つからず、辛うじて逃した便の24時間後の同名便が確保できそうなことが判った。
つまり、この時点でどんなに良くとも1日遅れになってしまった。

<予定便>
8月13日 17時頃クスコ発~リマ行(アビアンカ航空)
8月13日 21時頃リマ発~キト行(TAME航空)
8月14日 10時頃キト発~ガラパゴス行(アビアンカ航空)

<変更想定便>
8月13日 19時頃クスコ発~リマ行(アビアンカ航空) ※2時間遅延
8月14日 21時頃リマ発~キト行(TAME航空)
8月15日 10時頃キト発~ガラパゴス行(アビアンカ航空)

まずは元凶となったクスコ発~リマ行便の運行者であるアビアンカ航空に行くと、『自分でTAME航空と交渉してリマ発~キト行の時間を変えてもらえ。変えてもらったチケットを見せてもらえれば更に後続のキト発~ガラパゴス行のアビアンカ運行便の時間も変える。』という趣旨のことを言われた。

これまでの経験上、アビアンカ航空での乗継では既に何度も痛い目を見ている
アビアンカ航空のカウンターで話をしてもまともに取り合ってもらえないことは解っているので、再びTAME航空のカウンターに行くと既に閉まっていた。

交渉相手を失ったので、空港内のスターバックスに入りネットが繋がる環境のもとでこれからの作戦を練ることにした。
改めてリマ発~キト行の可能な限り早い便の売れ残りを検索したが、やはりほとんど出てこない。
乗り過ごした便の丸1日後の便があるのみ。
つまり、物理的に空席はあるものの、TAME航空のカウンターが閉まっているので持っているチケットを1日後に振り替えてほしいという交渉ができないという切ない状況に置かれている。
更に、この便の座席を何とかして急いで確保しないと更に次に乗るキト発~ガラパゴス行の便の日程も変えられず、そうこうしているうちに満席になって更に旅程が遅延するリスクまである。

従って、腹を決めて丸1日後の便を新規に買うことにした。
今は22時頃だが、翌朝のTAME航空のカウンターが開いてからオリジナルのチケットの便を変更という交渉ではリスクが高いと判断した。
新規購入により45,000円の予定外の出費が発生したが、旅程の遅れを1日で済ませるためには仕方なかった。
同時に、これまでの経緯を整理してカウンターで説明ができるように準備をした。

2時間ほど待って8月14日(月)に日付が変わった頃、再びアビアンカ航空のカウンターで事情説明。

アビアンカ航空のクスコ発~リマ行が2時間遅延したこと。
それによって、TAME航空のリマ発~キト行に乗れなかったこと。
自身でTAME航空と交渉して時間を変えてもらうようアビアンカ航空から言われたが、TAME航空のカウンターはクローズしてしまったこと。
そのため、新たにTAME航空のリマ発~キト行の翌日のチケットを買いなおしたこと。
更に後続のアビアンカ航空のキト発~ガラパゴス行のチケットを、日程変更して欲しいこと。

アビアンカのカウンターの手際が良くなくて1時間ほどかかったが、なんとか次々便のキト発~ガラパゴス行の予約を変更してもらった。
日本から機中2連泊とアグエスカリエンテスのブヨホテル1泊に加え、今回のフライトトラブルで疲れが限界に達していたため自身は頭が全く回らず、同行の後輩が良くやってくれた。
自分1人だったら大変なことになっていただろう。

なお、隣のカウンターでは得体のしれないオーストラリア人が『俺はどこどこを回ったんだ』とか『まったく金はない』とか言いながら何らかの交渉らしきことをしていた。
明らかにカウンターと会話が成立しておらず、空港警察が呼ばれてトラブルになっていた。

本来であればもうキトに着いて宿に入っている時間だが、まだリマにいるわけで当然宿はない。
アビアンカとの交渉を終えてから新たに取り直し、空港近くの宿で就寝した。

日付は変わらず8月14日(月)の翌朝に遅く起きた。
リマを歩こうと思ったが、ピサロの棺がある中央広場はデモ隊に占拠されている上、そもそもリマは何度も来ているので特に見るものもない。
宿の受付に相談したらラ・プンタに行くことを提案されたので、そうした。

海辺でお洒落な場所だという趣旨で勧められたのだが、空は曇っている上に風も強く、出歩きに適しているとは言い難い場所だった。
そもそも海がそれほどきれいでもない。

適当に時間をつぶして予定のちょうど1日遅れで21時20分発リマ発~キト行に搭乗。
翌8月15日(火)の深夜1時頃、エクアドルの首都キトにやっとたどり着くことができた。

 

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